夏休みなど存在しない

なんで休みに課題を出してくるんだろう……。
これはもうプライベートな時も会社の為に世界の為に自分の時間を犠牲にするよう仕向けられているとしか思えない。
個人の時間はどうして尊重されないのか。

などとぐちぐち言う時は大体理不尽な課題が出ている時です。
そう、学校が9月からまた始まるので課題やらないといけないんですよ。
うちの学校は専門学校なので大学のようにはいかないんですね。
で、教員曰く「夏休みというものは存在しない」とか。ああそうなんですか……。
前期と後期で分かれてて、盆休みを中心に授業が無い日を休講としてるだけで休みじゃないとか……へぇー。

それはともかく、そんな時に課題を出してくるってどうなのかって思うんですよ。小学生の時は「家庭での自主学習を促す為のもの」っていう位置づけで出るじゃないですか、宿題。なんでお家でお勉強しなきゃいけないんですか? 国語とか算数だけが「お勉強」なんですかね?そんな学校で学べるようなものは学校だけでやっとけばいいんです。授業だけだと憶えられないなんてわけじゃないんですし。確かに国語も算数も理科も社会も全部大切ですよ。大切だからお勉強するんですよね。わかりますよ。それが何に役立つかなんて考えても仕方ないですよ。だって何にでも役立てることはできるんですから。でもそれを家でも勉強するっていうのはそれ、学校の意味ないんじゃないっすか? と思うんですよ。限られた時間でしっかり覚えようとすればちゃんと覚えられるはず。家で勉強すればいいや、後で確認すればいいや……なんてやってたら、覚えられるものも頭に入ってこないのでは……?(たとえば的があって、それを弓矢で射る時、矢が一本しか無い方が集中できるじゃないですか。残りの矢があるとちょっと油断するじゃないですか……)確かに長期記憶の為には反復は必要ですよ。でも授業の内容は次の授業でもさらっと触れられたりしますよね。触れられなくてもその情報に関連するような記憶に結び付けちゃえば割と憶えられるじゃないですか。

ね?

確かにお家で勉強したい人もいると思います。そういう人は好きにすればいいですよ。ただ他のことに興味を持って、そっちに集中したい人にとっては宿題なんてのはただの邪魔物でしかない。遊びを通して学習することもあります。私は博物館の地図記号をどうぶつの森で覚えました。魚や虫も、マニアックなものまで知ることができました。いつまで経っても47都道府県を覚えられなかった私も、青春鉄道を嗜むようになってから関東は憶えましたし電車にも怖気づかず乗れるようになれました。(めっちゃ行動範囲広くなりました!褒めて!)ツクールではものを作るのがどれだけ大変かということを知ることができましたし、ネットの掲示板に書き込んで散々コメで叩かれてなんとなくルールも学べました(と思っている)。素敵な作品を見て「私も何か作りたいなあ」って思って、そこからモノ作りの道へ進むことさえあります。それは時間がなければできないことです。余裕がなければできないことです。宿題が悪、自宅学習が悪とはいいませんが、ある程度の選択の余裕も欲しいなと思った次第です。
ちなみに私は家で勉強をしてきませんでした。今でも課題は学校で終わらせるタイプです。それでもこうして生きているし、なんなら「成績優秀すばら~」とお褒めの言葉をあずかることだってあります。がむしゃらに頑張るだけじゃない成長方法も、もっと広まっていくべきだと感じます。

以上、終わりが近づく最後の夏休みに、たった一つしか出されていない課題を最高に嫌がって地団駄を踏む専門学生の独り言でした。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。